島に降り立った瞬間、空気が変わった。
車の騒音も、ビルの巨大な広告も、歩行者たちのせわしない足音もない。聞こえるのは、優しく寄せては返す波の音と、木々を揺らす風の音、そしてどこか遠くで鳴く鳥の声だけ。
港から少し歩き、人気(ひとけ)のない海岸沿いのベンチに腰を下ろした。 ただ、海を眺める。
いつもなら、この10分、20分の隙間時間があれば、無意識にスマホを取り出してタイムラインをチェックしていたはずだ。何か意味のある情報をインプットしなければ、時代のスピードに取り残されてしまうという強迫観念に追われていたから。
しかし、能古島には、その焦りを強制的にリセットする「圧倒的な静けさ」があった。
水平線の向こうに見える都会の街並みは、まるでガラスの箱に閉じ込められたミニチュアのようだった。あの中で、何万人という人間が画面に張り付き、数字を追いかけ、空中戦を繰り広げている。けれど、一歩この島に逃げ込んでみれば、そんな喧騒とは無関係に、何百年も変わらない波がただ淡々と地べたを濡らし続けている。
ただ海を眺め、風の冷たさを肌で感じる。 何もしない、何も考えない。その贅沢な「余白」が、カサカサに乾いていた脳の奥に、じわじわと染み渡っていくのが分かった。